離婚したいと思いながら、なかなか踏み出せずにいる方はいますか?
お金のこと、子どものこと、周りの目、離婚後の生活——考えれば考えるほど、足がすくんでしまう。そんな夜を繰り返している方に、私の話を読んでほしいと思います。
私は娘が2歳のときに離婚しました。今は後悔ゼロ。あの決断は正しかったと、自信を持って言えます。でも、最初の一歩を踏み出すまでに、10ヶ月かかりました。その10ヶ月、ずっと一人で抱えていました。
この記事では、私がどうやって決断し、どう動き出したかをお話しします。引っ越し当日のことや調停の話は、続編の記事で書きます。まずは「決断するまで」の話を。
「言葉と行動が一致しない人」だとわかった瞬間、何かが切れた
離婚のきっかけは、夫婦としての信頼関係が大きく揺らぐ出来事でした。
発覚したとき、ぶつかり合いました。泣いて、怒って、話し合って——そして夫はこう約束しました。
「連絡をこまめに取れるようにする。GPSで居場所もわかるようにする」
家を空けることが多かった夫。「連絡が取れる」「どこにいるかわかる」という約束は、私にとって大切なものでした。でも、その約束は守られませんでした。
「ああ、この人は言葉と行動が一致しない人なんだ」
実感した瞬間、何かがプツンと切れた感覚がありました。怖さはまったくなかった。「このままこんな生活、一生なんて絶対に無理」——そう思いました。それが、私の決断の出発点です。
外では「仲良しの家族」を演じた10ヶ月
その出来事が発覚してから別居まで、10ヶ月かかりました。
その間、家の中ではほとんど会話がない状態でした。でも外では違います。近所の人や知り合いに気づかれないよう、仲良しの家族を演じていた。雰囲気だけは保っていました。
時間がかかったのには理由がありました。発覚から3ヶ月後、母の大病が見つかったんです。自分のことで精いっぱいなのに、母のことも心配しなければならない。引っ越し先が実家だったので、母の体調が落ち着くのを待っていました。
毎日、家の中で息をひそめるような時間を過ごしながら、頭の中ではずっと考え続けていました。どうすればいいか。どう動けばいいか。誰にも話さずに、一人で。
辛くなかった、とは言いません。でも、この10ヶ月が無駄だったとは思っていない。準備のための時間だったと、今は思っています。
誰にも言わず、一人で動き出した
心の中で決断してからは、とにかく一人で動きました。親にも、友人にも、誰にも言わずに。
悔しかった。恥ずかしかった。それが正直な気持ちでした。だから、自分の中で整理がつくまで、誰にも話せなかった。
まず制度のことを調べ始めました。知らないことばかりで、最初は途方もない気持ちでした。でも一つひとつ調べていくうちに、「なんとかなるかもしれない」という感覚が出てきました。
保育園の入園書類を記入するとき、年収を書く欄があることに気がつきました。そこで初めて、夫の正確な年収を把握しました。離婚後の生活費や養育費を考えるうえで、必要な情報でした。
2歳の娘をベビーカーに乗せて、弁護士の無料相談にも行きました。もし弁護士にお世話になるとしたら何が必要か、費用はどれくらいか——事前に知っておきたかった。小さな娘を連れながらの行動でしたが、不思議と心は落ち着いていました。
そして、引っ越しの見積もり。持っていくものはベッドだけだったので、業者に家まで来てもらいました。でも夫はいつ帰ってくるかわからない。近所には情報が伝わりやすい方もいました。見積もりが終わるまでの時間、心臓がずっとドキドキしていました。何事もなく終わったとき、静かに「よし」と思ったのを覚えています。
車でこっそり、少しずつ荷物を運んだ
引っ越し業者に頼む前から、自分の車でこっそり荷物を実家に運んでいました。バレないように、少しずつ。
ひな人形も、一人で運びました。
そのころ、娘にも話しました。場所は車の中。娘はチャイルドシートで後部座席に座っていました。2歳の娘に、どこまでわかるかな、と思いながら話しました。話しながら、気づいたら涙が出ていました。
そしたら、娘が言ったんです。「ママ泣かないで」と。
2歳なのに。小さい体で、そう言ってくれた。あのとき感じた気持ちは、うまく言葉にできません。でも、あの言葉がずっと支えになっています。小さい頃からいつも支えてくれる娘は、私の宝物であり、相棒です。
準備が整ってから、家族に打ち明けた
すべての準備が整ってから、親と兄、友人に話しました。
みんな、びっくりしていました。ずっと仲良しの家族だと思っていたから。
事情を説明すると、「あなたが決めたなら」と、全員が背中を押してくれました。できることは何でもしたいと、力になってくれた。
先に相談しなくてよかった、と思っています。相談していたら、いろんな意見が入って迷っていたかもしれない。自分の中で答えが出ていたから、周りの言葉を「応援」として受け取れた。
動き出したら、何かが変わる
「私でも出来た」——これが、一番伝えたいことです。
あの頃、今の自分がこうなっているとは、想像もできませんでした。大変だったのは本当です。でも、動き出して良かった。心の底からそう思っています。
何か変えたいなら、まず動く。最初の一歩は小さくていい。「制度を調べるだけ」「無料相談に電話するだけ」から始めてもいい。
ただ、焦って動くより、下準備をしながら動くことをおすすめしたいです。自分の気持ちが本当にどこに向かっているかを、準備しながら確認する時間は必要だと思う。それが私のやり方でした。
私は一切後悔していません。この道を歩んできたことに、狂いはなかったと確信しています。
心から笑って、楽しく、安心して過ごせる毎日を送ろうね。あなたにとっても、最善の道が開けることを願っています。
この記事のまとめ
- 「言葉と行動が一致しない」と気づいた瞬間、恐怖より確信が勝った
- 外向きには家族を演じた10ヶ月は、準備のための時間だった
- 誰にも言わず、一人で動いた(制度調査・弁護士相談・こっそり引っ越し準備)
- 準備が整ってから家族に報告→全員が応援してくれた
- 動き出したら何かが変わる。下準備をしながら、前に進もう


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