[実録]40代シングルママ、和解金より「自由」を選んだ決断と、年収を下げない転職術

40代シングルママが和解金より自由を選んだ決断と転職術の実録 仕事編

「40代、子供あり……本当に私に仕事なんて見つかるの?」

裁判が終わり、いよいよ本格的な転職活動を始めたとき、正直そんな不安が頭をよぎりました。

でも、今の私は、自分の手で勝ち取った穏やかな日常の中にいます。

今日は、私がどん底からどうやって「自分自身」と「安定した生活」を取り戻したのか。その裏側にあった泥臭い戦略と、たった一つの譲れない決断についてお話しします。

  1. 「1日でも長く、自分の姓を名乗らせたい」という嫌がらせ

幸せな専業主婦から一転、夫のモラハラと不倫で始まった離婚裁判。

解決までにかかった時間は3年でした。相手方は「1日でも長く自分の名字を名乗らせたい」という不可解な理由で、執拗に裁判を引き延ばしてきたのです。

3年という時間は、外から聞くより何倍もずっと長かった。

弁護士との打ち合わせ、裁判所への書類準備、相手方からの連絡……。それだけでも十分すぎるほど消耗するのに、誰にも本当のことを話せない孤独感が、じわじわと心を蝕んでいきました。「この先どうなるんだろう」と不安で夜中に目が覚める日も続きました。早く終わりにしたい、その気持ちは何度も頭をよぎりました。

でも、そのたびに娘の顔が浮かんだんです。「この子のそばで笑っていたい」——その一心だけが、私を前に進ませてくれました。

精神的にも限界が近づく中で提示されたのは、和解金(慰謝料)※金額は伏せます。

正直なところ、和解金は欲しかった。でも相手方は「和解金を払うなら離婚しない」と言ってきたのです。私の答えは明確でした——和解金はいらない。その代わり、今すぐ自由にしてください、と。

お金よりも大切だったのは、「娘の小学校入学までに、絶対にこの悪夢を終わらせること」。

この決断ができたのは、私の中に「自力で稼ぎ、生きていく覚悟」ができていたからです。

  1. 和解金を断って、本当によかった

和解金を断ったあの日から今日まで、「後悔したことは一度もない」と断言できます。

お金は確かに大事です。でも、あの時にお金を選んでいたら、裁判はさらに長引き、娘の小学校入学という大切な節目に私はどんな顔で立てていたでしょう。

自由を選んだことで得られたのは、お金には換えられないものでした。長く重くのしかかっていた重荷がふっと消えた感覚、「やっと私の人生が始まった」という晴れやかな気持ち。娘の入学式に、すっきりとした気持ちで並べたこと。それが、私にとっての「正解」だったと今でも確信しています。

  1. 離婚成立前から始めた「新しい私」への準備

別居してから約3か月後、私はすでに動き出していました。

まずは「収入の安定」が第一。そこで選んだのが、紹介予定派遣(派遣から正社員を目指す道)でした。

紹介予定派遣とは、最初から「正社員登用を前提」にして働く制度のことです。通常の派遣と違い、一定期間(多くは3〜6ヶ月)働いた後に、双方の合意があれば正社員に切り替わります。転職先の雰囲気を確かめながら正社員を目指せる、当時の私にとってはぴったりの方法でした。

ここで、私は大きな賭けに出ました。戸籍上はまだ夫の姓でしたが、入社時に会社へこう伝えたのです。

「仕事では、旧姓(実家の姓)を名乗らせてください」

「変だと思われるかも」という恐怖もありました。でも、元旦那の所有物として名を呼ばれ続けるのは絶対に嫌だった。これは、私の「自立への宣言」でした。

その後、3か月ほどで派遣先の会社での正社員登用が決まりました。正直、職場はお局さん揃いで過酷な環境でしたが、18年の経験を活かした「速さと正確さ」で実績を認めさせた結果でした。そして、その会社に在籍しているあいだに、3年かかった裁判はようやく決着しました。

  1. 離婚成立から数年、そして2024年——本格的な転職へ

離婚が成立してからも、しばらくは同じ職場で経験を積み続けました。

ひと区切りついた安心感はあったものの、「このまま続けるか、それとも次のステップへ進むか」という気持ちは、心の片隅にずっとありました。

そして2024年。ゆなちの成長とともに、将来のことをより真剣に考えるようになり、ついに本格的な転職活動をスタートさせました。

もっと専門性の高い仕事がしたい。ゆなちとの時間を大切にしながら、安定した条件で長く働ける職場を見つけたい——その一心でした。

  1. 【実録】40代の壁を突破した「転職サイト」本音レビュー

18年の経理・営業事務のキャリアがあっても、40代の転職は甘くありません。

私が実際に使い倒して分かった、本音のレビューをお伝えします。

① 紹介予定派遣からの土台づくり「Adecco(アデコ)」

別居直後の私が最初に頼ったのがAdeccoです。紹介予定派遣として入り、実績を積んで正社員登用を目指すルートです。

いきなり正社員への転職に踏み出すのが不安な方には、「まずAdeccoで足がかりを」という使い方がおすすめです。派遣期間中に職場の雰囲気を見極められるのは、大きな安心材料になります。

② 条件を妥協しないために併用した「リクルート・エン転職」

転職活動を本格化させた時期、私は複数のサービスを使い分けていました。

リクルートエージェント:案件数が圧倒的に多く、「今の自分が市場でどう評価されるか」を知るために使いました。40代には厳しい結果もありましたが、書類通過・面接体験を重ねることで、自分の強みと弱みが整理されていきました。「市場の現実を知る」という使い方が、私には一番合っていた気がします。

エン転職:独自の優良案件が多く、大手サイトには出てこない求人と出会えることも。こまめなチェックが功を奏して、いくつか気になる求人を見つけることができました。スキマ時間に毎日少しずつ眺めるのが、長続きするコツです。

③ 理想の縁を繋いでくれた「doda(デューダ)」

最終的に今の職場へ導いてくれたのがdodaでした。

dodaの一番の強みは、担当エージェントが間に入って企業との交渉をしてくれること。私も、担当者さんが私のキャリアをきちんと汲み取り、「この人は即戦力になります」と会社に伝えてくれたおかげで、年収交渉まで進むことができました。

自分では「これ以上は難しいかも」と思っていた条件が、エージェントの交渉で通ったときは本当に驚きました。年収にこだわりたい方は、dodaのエージェントサービスを積極的に使うことをおすすめします。

  1. 最後に:今、立ち止まっているあなたへ

裁判官から出た和解金判決。「和解金を捨て、1日いや1分でも1秒でも早く解放されたかった」

そう言える今の私がいるのは、あの時必死に「稼ぐ力」を身につけ、自分を信じて一歩踏み出したからです。

転職は、単なる仕事探しではありません。「これからの人生、誰の顔色を伺って生きていくか」を決める聖域です。

もしあなたが、年齢や環境を理由に諦めそうになっているなら。まずは小さな一歩からで大丈夫。

18年の事務経験とFPの知恵を込めて、これからもあなたの「アップデート」を応援し続けます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました