[実録]40代シングルママ、和解金200万より「自由」を選んだ決断と、年収を下げない転職術

仕事編

「40代、子供あり、未経験の職種……本当に私に仕事なんて見つかるの?」 3年前、

離婚調停の真っ只中にいた私は、不安で眠れない夜を過ごしていました。

でも、今の私は、自分の手で勝ち取った穏やかな日常の中にいます。

今日は、私がどん底からどうやって「自分自身」と「安定した生活」を取り戻したのか。

その裏側にあった泥臭い戦略と、たった一つの譲れない決断についてお話しします。


1. 「1日でも長く、自分の姓を名乗らせたい」という嫌がらせ

幸せな専業主婦から一転、夫のモラハラと不倫で始まった離婚裁判。

解決までにかかった時間は3年でした。相手方は「1日でも長く自分の名字を名乗らせたい」という不可解な理由で、執拗に裁判を引き延ばしてきたのです。

精神的にも限界が近づく中で提示されたのは、200万円の和解金(慰謝料)。

でも、私は迷わずそれを**「いりません」**と断りました。

お金よりも大切だったのは、「娘の小学校入学までに、絶対にこの悪夢を終わらせること」

この決断ができたのは、私の中に「自力で稼ぎ、生きていく覚悟」ができていたからです。


2. 離婚成立前から始めた「新しい私」への準備

実は裁判が終わる3年前、私はすでに動き出していました。 まずは「収入の安定」が第一。

そこで選んだのが、**紹介予定派遣(派遣から正社員を目指す道)**でした。

ここで、私は大きな賭けに出ました。

戸籍上はまだ夫の姓でしたが、入社時に会社へこう伝えたのです。

「仕事では、旧姓(実家の姓)を名乗らせてください」

「変だと思われるかも」という恐怖もありました。

でも、元旦那の所有物として呼ばれ続けるのは絶対に嫌だった。

これは、私の**「自立への宣言」**でした。


3. 【実録】40代の壁を突破した「転職サイト」本音レビュー

18年の経理・営業事務のキャリアがあっても、40代の転職は甘くありません。

私が実際に使い倒して分かった、本音のレビューをお伝えします。

① どん底の私を救ってくれた「Adecco(アデコ)」

まずは正社員への足がかりとして登録しました。

正直、職場はお局さん揃いで過酷な環境でしたが、18年の経験を活かした「速さと正確さ」で実績を認めさせ、無事に正社員登用を勝ち取れました。

② 条件を妥協しないために併用した「リクルート・エン転職」

  • リクルートエージェント:圧倒的な案件数。40代には厳しい結果もありましたが、    ここで「市場のリアル」を知り、面接まで繋げることができました。
  • エン転職:独自の優良案件が多く、こまめなチェックが功を奏しました。

③ 理想の縁を繋いでくれた「doda(デューダ)」

そして最終的に、今の「専門性の高い事務職」へと導いてくれたのがdodaでした。

担当者さんが私のキャリアを汲み取り、会社との間に入って年収交渉までしてくれたおかげで、

今の好条件があります。


4. 最後に:今、立ち止まっているあなたへ

「和解金の200万円を捨ててまで、自由が欲しかった」 そう言える今の私がいるのは、あの時必死に「稼ぐ力」を身につけ、自分を信じて一歩踏み出したからです。

転職は、単なる仕事探しではありません。

「これからの人生、誰の顔色を伺って生きていくか」を決める聖域です。

もしあなたが、年齢や環境を理由に諦めそうになっているなら。

まずは小さな一歩からで大丈夫。

18年の事務経験とFPの知恵を込めて、これからもあなたの「アップデート」を応援し続けます。

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